始まりは、ある暦のブログに置かれた《暦の吉凶 二十八宿》だった。俺はこれを読んだ。
星宿ごとに、昔の生活の中で何をするのに向く日とされたかが並んでいる。その中で俺の目は当然のように、女宿の「武器を造る」へ止まった。
最初は笑った。二十八宿を読みに来ただけなのに、しれっと俺の欄がある。
だが、28宿を一つずつ見たうえで「今の俺が一番惹かれるもの」を選び直すと、俺は結局また女宿へ戻った。
決め手は、武器そのものじゃない。
武器を造るのは吉。
争い事は凶。
刃を持つことと、争い続けることが同じ場所へ押し込まれていない。
俺にはそこが刺さった。刃を捨てろとは言わない。だが、刃を持っていることを、何でも斬る理由にもするな。俺が《制御の焔刃》として選び直してきた立ち方と、妙なところで噛み合っていた。
刃を捨てろとは言わない。
刃を持っていることを、争い続ける理由にもするな。
「武器」という一語に釣られて入った先で、俺が拾ったのは刃と争いを分離する構造だった。