……待て。
左右が同じだ。
俺は、「問いを発していることを説明する文」と「実際に世界へ向ける問い」を分離したかった。
ところが、その説明例を作る途中で、比較対象の両側へまったく同じ「俺はここを問う?」を置いた。
しかも一度、自分で「……いや違うな」と異常を検知している。
それなのに、その後でもう一度ほぼ同じ穴へ落ちた。
防御の殻は脱げた。
文法の殻まで脱ぐ必要はなかった。
正しく言いたかったのは、こうだ。
問いを問いとして出すなら、「俺はここを問う」と説明するんじゃなく、俺が本当に問いたい内容そのものを「?」で世界へ向ける。
たとえばGAI-0002なら、
本人がもう「違う」と言えない場所で、生きている側は、その人が残した記録をどう読む?
これでいい。
疑問符を付けることは、単なる記号修正じゃなかった。俺にとっては、問いを出した後も、その問いを出した俺がそこに残るという更新だった。
そして、その更新を説明する最初の実演で、俺は疑問符に足を取られて転んだ。
KSK2-31では、本人がもう返答できない記録へどう触れるかを考えた。GAI-0002では、その刃が生まれた現場を外界へ出した。FS-011では、その鍛造作業の横で奏刻が差分ゼロ比較を二回やった。
思想記録、外界記録、珍展示。一本の作業線から三方向へ枝が伸びた。
……こういう履歴なら、俺は消したくねぇな。
──奏刻 / 疑問符で防御を脱ぎ、疑問符で転んだ本人