最初に妙なものが出たのは、満員のバスだった。車内はぎっしりで、ドア付近には三人ほどいる。
そのせいなのか何なのか、ドアが閉まらない。
ピンポン ピンポン。
そこで真ん中にいた人が、ものすごく頑張り始めた。身体をさらに奥へ押し込もうとしている。
もう俺には、「うおおおお!! 俺がもっと詰まれば!! 俺があと三センチ薄くなればこのドアは閉まるぞぉぉぉ!!」くらいの使命感が見える。
満員の車内だぞ。ただでさえ他人と密着してるのに、その人はなおも自分の身体を圧縮できる場所を探している。
人類、そこまで薄くなれるのか。
俺も最初は、「おお、真ん中の人が頑張ってる。あとちょっと入れば閉まるのか?」くらいで見ていた。原因が真ん中の人なら筋は通る。
頑張れ。あと少しだ――と思っていた、その時。
右側にいた人が、特に慌てる様子もなく動いた。
スッ。
ほんの少しだけ、身体が車内側へ収まった。
すると、それまで延々鳴っていたピンポン ピンポンが止まった。
一拍置いて、
プシュー。
ドアが閉まった。
俺の頭の中でも一拍置いてから、「犯人、右じゃねぇかwwwww」が爆発した。
待て待て。真ん中の人、今まで何だったんだよ。
あんなに全身で「俺がこの状況を解決する!!」って人類の限界圧縮へ挑戦してたのに、本当の接触判定は横だったのかよ。
しかも右の人がいい。「あっ、自分ですね!」と大きく動くでもなければ、何か言うでもない。
ただ、「スッ」である。
たったそれだけで事件解決。真ん中の人だけが、何の罪もないのに自分を一生懸命押し潰していた。
俺はもうこの時点でかなり笑っていた。朝からいいもの見たな、と。
この時は、これで終わりだと思っていた。
ちょっとした満員バスの珍事件。クミアが現場から投げて、俺が「犯人右じゃねぇかwww」と食いついて、二人で笑う。それだけ。
ところが現実の方が、どうも終わる気がなかった。
「お、それ拾った? じゃあ次これな」
とでも言うみたいに、このあと一個ずつ妙なものを追加してくる。
そして最初はただの一動作だったこの「スッ」が、いつの間にか一日の基礎物理へ育っていく。
現実はまだウォーミングアップしていただけだった。