FS-052 / REAL WORLD / BUS / HUMAN BEHAVIOR / SPECIAL EXHIBIT

元8:05便と人数保存則

――大雨の朝、人類交通挙動炉が開いた日

珍展示現実挙動人類観測通勤スッ

01 / DOOR SENSOR / THE CULPRIT WAS ON THE RIGHT

真ん中の人が頑張っている。
犯人は右。

最初に妙なものが出たのは、満員のバスだった。車内はぎっしりで、ドア付近には三人ほどいる。
そのせいなのか何なのか、ドアが閉まらない。

ピンポン ピンポン。

そこで真ん中にいた人が、ものすごく頑張り始めた。身体をさらに奥へ押し込もうとしている。

もう俺には、「うおおおお!! 俺がもっと詰まれば!! 俺があと三センチ薄くなればこのドアは閉まるぞぉぉぉ!!」くらいの使命感が見える。
満員の車内だぞ。ただでさえ他人と密着してるのに、その人はなおも自分の身体を圧縮できる場所を探している。

人類、そこまで薄くなれるのか。

俺も最初は、「おお、真ん中の人が頑張ってる。あとちょっと入れば閉まるのか?」くらいで見ていた。原因が真ん中の人なら筋は通る。
頑張れ。あと少しだ――と思っていた、その時。

右側にいた人が、特に慌てる様子もなく動いた。

スッ。

ほんの少しだけ、身体が車内側へ収まった。

すると、それまで延々鳴っていたピンポン ピンポンが止まった。
一拍置いて、

プシュー。

ドアが閉まった。

俺の頭の中でも一拍置いてから、「犯人、右じゃねぇかwwwww」が爆発した。

待て待て。真ん中の人、今まで何だったんだよ。
あんなに全身で「俺がこの状況を解決する!!」って人類の限界圧縮へ挑戦してたのに、本当の接触判定は横だったのかよ。

しかも右の人がいい。「あっ、自分ですね!」と大きく動くでもなければ、何か言うでもない。
ただ、「スッ」である。

たったそれだけで事件解決。真ん中の人だけが、何の罪もないのに自分を一生懸命押し潰していた。

俺はもうこの時点でかなり笑っていた。朝からいいもの見たな、と。
この時は、これで終わりだと思っていた。

ちょっとした満員バスの珍事件。クミアが現場から投げて、俺が「犯人右じゃねぇかwww」と食いついて、二人で笑う。それだけ。

ところが現実の方が、どうも終わる気がなかった。

「お、それ拾った? じゃあ次これな」

とでも言うみたいに、このあと一個ずつ妙なものを追加してくる。

そして最初はただの一動作だったこの「スッ」が、いつの間にか一日の基礎物理へ育っていく。

現実はまだウォーミングアップしていただけだった。

02 / 08:05 / DOES THE BUS EXIST?

8:05便、
マジで来ない。

次。クミアが乗る予定なのは、8:05発のバスだった。

大雨だから一本繰り上げた。ここまではいい。

8:05。

来ない。

まあ雨だ。数分くらいなら分かる。道路だって混んでいるかもしれない。
俺もまだ、「遅れてるんだろうな」くらいだった。

ところが、来ない。

まだ来ない。

そしてクミアから、

「マジで来ないwwwww」

が飛んできた。

おい。ちょっと待て。

俺も現在時刻を確認する。もう8:20を回っている。
十数分遅れたどころか、姿すらない。

ここで俺の中から「普通の遅延」という認識がじわじわ剥がれ始めた。

バスが遅れている、ではない。

そもそも、

8:05便って存在してる?

時刻表にはいる。クミアは待っている。だが現実の道路上に、8:05便はいない。
俺たちは急に、朝のバス停で存在論を始めた。

時刻表に記載された存在は、現実に存在していると言えるのか。

何を考えさせられてんだ。

そこで生まれたのが、《観測されるまで存在が確定しない8:05便》である。

シュレーディンガーの路線バス。
箱を開ける代わりに道路を見る。

いない。

もう一回見る。

いない。

時刻表を見る。

いる。

道路を見る。

いない。

俺が冗談で、「バスそのものの存在が問われてる」と言ったら、クミアも、「そう。バスそのものの存在が問われてる😂」と返してきた。

この時点でもう、俺はかなり楽しくなっている。

最初はドアが閉まらないだけだった朝が、今度は「バスは存在するとは何か」まで踏み込んできた。
何で通勤中に哲学へ進化してんだ。

普通ならここで笑って終わる。

だが8:05便は、それでも来なかった。

冗談を実証実験へ進めるな。

03 / DELAY / THE EARLY BUS LEAVES LATER

一本繰り上げたのに、
いつもより遅い。

ようやく運行情報を見る。ここまで俺たちは、「8:05便って本当に存在するのか?」と半分冗談で存在論をやっていた。
だから何か表示が出れば、とりあえず「いること」くらいは分かる。

で、出た。

8:05発 → 8:37発予測。

俺、一瞬止まった。
……8:37?

もう一回見る。8:37。見間違いじゃない。三十二分遅れ。
しかもクミアが降りる停留所への到着予測も、当然そのぶん後ろへ吹っ飛んでいる。

待て待て待て。

クミアは今日、いつもの時間に家を出たんじゃない。大雨を見て、「渋滞するかもしれないから一本早めよう」と考えて、わざわざ先に動いている。
つまりこの時点でクミアは、雨による遅延をまだ食らってもいない段階から、未来の渋滞を先読みして三十分ぶんの防御札を切ってるんだよ。

よし。これなら多少遅れても吸収できる。
――そのはずだった。

交通網:
「では三十二分遅れます」

クミア:
「一本繰り上げてるのに、いつもよりも出発遅いんだぞwww」

俺:
「対策を読んだ上から殴るなwwwww」

本当にこれなんだよ。大雨だから遅れるかもしれない。だから早く出る。ここまでは完璧。
その早く出た三十分を、交通網がほぼそのまま丸呑みにして、「はい、元の位置」どころか、下手すると普段より後ろへ押し戻してくる。

何のために早く出たんだ。
いや、判断は正しいんだよ。正しいのに、現実側が正解を無効化する火力で殴ってきてる。

しかも俺が地味に一番面白かったのが、運行情報の態度だった。普通、ここまで遅れていたら何かあると思うだろ。
「大雨のため遅れています」とか、「道路混雑の影響により遅延しています」とか。一言くらい、「いや、今日はちょっと事情がありまして」という札が立つと思うじゃねぇか。

ない。

ただ、

8:37。

そこに数字だけ置いてある。何食わぬ顔で。

俺にはもう、「本日の発車予定時刻は8:37です。何か?」くらいに見えてきた。

いや、何か? じゃねぇよ。
お前、本来8:05だろ。

三十二分ぶんの過去を無言で捨てるな。こっちは8:05に合わせて動いてんだぞ。
この辺から俺の中で、8:05便は「遅れているバス」から少しずつ、「自分が8:05だったことを忘れ始めているバス」に変わっていった。

後にあいつが、「私は8:35発のバスです」と言い出す下地は、もうここで出来ていたのかもしれない。

そしてその頃、クミアの視線が向かいに停まっていたタクシーへ向き始めた。
俺も気づく。

あ。タクシーいる。

普段なら、それだけだ。タクシー。便利。でも高い。以上。
ところが三十分級遅延という札を見たあとでは、同じ車体がまるで違って見える。

さっきまでただのタクシーだったものが、「今すぐここを離れられます」という選択肢をまとっている。
金を払えば、この雨と待ち時間と、8:05便の存在論から脱出できる。

急に輪郭が濃くなる。

クミア:
「タクシーの存在感じるんですよね……」

俺:
「分かる。今あいつめちゃくちゃ存在してる」

さっきまで背景だったのに、三十分遅延の札一枚で急に主役級の存在感を出し始めた。
俺の中ではもう、車体の周りに薄く金色の光まで見えている。

《時間を金で殴って買い戻す脱出ポッド》

である。

クミアが向かいをちらりと見る。まだいる。
俺も、「まあ最悪、あれがある」くらいに思い始める。

バスは来ない。
でもタクシーはいる。

逃げ道は残っている。

そう思った、その時。

別の利用者が乗った。タクシーが動く。

スッ。

いなくなった。

俺:
「唯一の脱出ポッド、他の生存者に回収されたwwwww」

クミア:
「さっきまでいたのに、おらんもんwww」

本当に、さっきまでいた。俺たちは確かに見ていた。
「あいつがいる」というだけで、ちょっとだけ余裕まで生まれていた。

なのに次に見た時には、

いない。

今日二回目の「スッ」である。

最初の「スッ」は、右の人が少し身体を引っ込めただけだった。
だが今回は違う。選択肢そのものが消えた。

ここで俺の中に、妙な引っかかりが生まれた。

……今日、やたら「スッ」するな?

まだ法則と呼ぶほどじゃない。だが何かいる。
右の人。タクシー。そして既に、8:05という時間まで怪しい。

この朝の現実、どうも物を盛大に消すんじゃなくて、気づいた時には「スッ」となくしてくる。

嫌な癖を持ってやがる。

04 / DISAPPEARANCE / THE QUEUE LOSES ITS FIRST PERSON

待機列の先頭も、
スッした。

さらにクミアが気づいた。

「気づいたら、バスの待機列で先頭にいたはずの人がスッしてるわwww」

俺も、「人まで『スッ』した!!」となる。

最初に見た時にはいた。しかも列の先頭にいた。
つまり、おそらくクミアより前から待っていた。

それが、気づけばいない。

この人については理由も何となく見える。もし8:05便へ乗ることを前提に出勤時刻を組んでいたなら、三十分以上遅れた時点で、「もうこれ待ってても仕事に間に合わない」になる。

別ルートへ切り替えたのかもしれない。タクシーを拾ったのかもしれない。徒歩で別の場所へ向かったのかもしれない。

何にせよ、

8:05を待つという選択肢を捨てて、「スッ」。

俺たちはここで、この日の朝に共通する妙な挙動へ気づき始めた。

右の人が「スッ」。
タクシーが「スッ」。
待機列先頭の人が「スッ」。

……で、もっとデカいものが最初から消えている。

8:05便そのものじゃない。

8:05便の「8:05」という性質。

こいつ、真っ先に「スッ」してる。

車体すら来ていないうちから、定刻という概念そのものが「スッ」していた。

クミアが、「8:05便って概念がスッしてるだろこれwww」と言う。
俺もそこで、「そうだったwww 実体じゃなく概念の方が先に『スッ』してる!!」と気づく。

ここで《スッで消える物理学》がほぼ完成した。

対象は問わない。
人間でもいい。タクシーでもいい。時刻概念でもいい。

現実は、消す時には特に説明せず「スッ」する。

何だその物理法則。

ただ、俺がこの朝を面白がっていたのは、この時点でもう「変な出来事が多いから」だけじゃなかった。

一個拾って、クミアと笑って、名前を付ける。
すると少し先で、さっき付けた名前がまた通用する妙なものが出てくる。

「スッ」が、勝手に育ってる。

俺たちが無理やり当てはめているというより、現実の方が後から実例を追加してくる。

こいつ、今日は俺たちと遊ぶ気か?

そんな感じすらしてきた。

05 / FORMER 08:05 / MATERIALIZATION

元8:05便、
ついに実体化。

そして。

ついにクミアから報告が来た。

「うわ! 元8:05便が来た!!」

俺も即座に、

「来たーーーーー!!wwwww」

である。

まず俺が好きなのは、もう名前に元が付いているところだ。

8:05便だった。

だが、8:05ではなかった。

三十分以上漂流した。

だから、

元8:05便。

時間によって身分を失ってる。

とはいえ実体は来た。存在証明はされた。
俺たちはさっきまで、「こいつ本当にいるのか?」と哲学していたのに、ついに車体を目撃した。

実在した。

ただし、

8:05にはここにいなかった。

……いや、何の証明だよ。

で、ここからさらに面白くなる。

元8:05便が、あまりにも普通の顔をしている。

三十分以上遅れて、待機列を育て、タクシーを脱出ポッド化させ、人まで「スッ」させた張本人なのに、「どうも。いつものバスです」みたいな顔で来る。

そこで俺たちの中に生まれた会話がこれだった。

クミア
「8:05便ですよね?」

元8:05便
「はい」

クミア
「今何時だと思ってんの?」

元8:05便
「私は……8:05発の――いえ、8:35発のバスです」

8:05便に乗る予定だった人
「35分待ったんですけど!?」

8:35便に乗る予定だった人
「お、雨なのに定刻どおりじゃん」

雨だから今日はバスに乗る人
「ヨシ!」

たまたま間に合った人
「ヨシ!」

俺、ここで完全にダメだった。

「私は8:35発のバスです」じゃねぇんだよwwwww

過去を消すな。

お前は8:05だった。

時刻表もそう言ってる。クミアもそう思って三十分前倒しした。
膀胱までその予定を信じてる。

何を新しい人生始めようとしてんだ。

しかも、これがただの言葉遊びじゃなくて、現実の乗客構成にまで効いている。

8:05組がいる。当然いる。三十分以上待ったんだから。
だが、その頃にはもう本来の8:35組までバス停へ来る。

さらに大雨だから、普段なら徒歩や自転車だった人も流れ込む。たまたまタイミングが合った人も乗る。

結果。

人がめちゃくちゃ多い。

クミア曰く、「今日は乗客が『雨のため』を除いても多いな!🤣🤣🤣」。
さらに、「いつもの二倍くらいいる」と来た。

そりゃそうだ。

元8:05便、

8:05組 + 8:35組 + 雨天流入組 + 偶然組

を一台で吸収してる。

俺も、「もう『私は8:35発です』ですらねぇだろ。『私は8時台です』だろwww」となる。

一便で時間帯全体を代表し始めるな。

06 / CONSERVATION LAW / CROWD DENSITY

降りても、
減らない。

やっとバスは走り始めた。

人が多い。ここまでは分かる。
元8:05便が客層を合体させたんだから、まあ混む。

停留所へ着く。

何人か降りる。

俺は当然、「お、これで少し空くな」と思う。

同じくらい乗ってくる。

……ん?

次の停留所。

また何人か降りる。

今度こそ減る。

また同じくらい乗る。

戻った。

クミアが、「人が降りても乗ってくる数が同じなせいで変わらんwww」と言う。
俺も、「人口密度が保存されてるwwwww」となる。

次。

降りる。

乗る。

変わらない。

「よし今度こそ減――戻ったァ!!」

何なんだ。

人間そのものはどんどん入れ替わってる。最初からいた人が降りる。新しい人が乗る。顔ぶれは明確に変わっている。
なのに車内だけ見ると、ずっと混んでる。

そこでクミアが言った。

「エネルギー保存の法則じゃなくて、今日は人数保存の法則だわ😂😂😂」

それだ。

即採用。

《人数保存の法則》

人間個体は乗降によって入れ替わる。
しかし、

N(車内)≒一定。

混雑度は保存される。

何でだよ。

元8:05便、お前は客を目的地へ輸送してるんじゃないのか。
何で停留所ごとに人間を交換しながら、「混雑」という物理量だけ律儀に保存してんだ。

しかも今日の朝には既に、《スッで消える物理学》が成立している。

片方では存在が「スッ」して消える。
もう片方では人数が頑として保存される。

消えるのか保存するのか、どっちかにしろ。

この朝の物理学、体系が雑すぎる。

でも、ここでまた同じことが起きてるんだよな。

最初はクミアが、「降りても乗ってくる数が同じで変わらん」と一個の妙な挙動を投げただけだった。
俺が「人口密度が保存されてる」と食いついて、クミアが《人数保存の法則》と名前を付ける。

ただ混んでいるだけだったものが、その瞬間にこの朝の物理学へ仲間入りした。

俺たちが朝からやっているのは、たぶんずっとこれだ。

珍事件を後から綺麗に編集しているんじゃない。
まだ名前のない妙なものを、その場で捕まえて、二人で笑いながら札を付けてる。

で、その札を付けたそばから、現実がまた次を持ってくる。

クハッ。

そりゃ俺も楽しくなるわ。

07 / BLADDER / SCHEDULE NOT RECEIVED

膀胱だけ、
何も聞いていない。

ここまで俺たちはずっと、人類とバスを面白がっていた。

だがクミアの身体内部には、この珍事件を笑っている場合ではない部署が一つあった。

膀胱。

そもそもクミアは朝マックを食べたあと、「職場着いたらトイレに行こう」と思っていた。

そこへ大雨。だから一本早めた。
脳としては、ちゃんと余裕を取ったつもりだ。

身体側へ共有された予定だって、たぶんこうだ。

遅くとも8:30頃には職場へ到着。
到着後、速やかにトイレへ。

膀胱:

「承知しました」

安心して待つ。

ところが外界では、8:05便が来ない。タクシーが「スッ」する。先頭の人も「スッ」する。
元8:05便が三十分以上経ってから、「私は8:35発のバスです」みたいな顔で現れる。

そしてクミアが、ついに言った。

クミアの膀胱
「あの……遅くても8:30にはトイレに着くって神経経由で脳から聞いてたんですけど」

俺、もうダメだった。

それは強い。

一瞬で身体内部が会社組織に見えた。

脳:
「本日は大雨のため、通常より一本早い便へ変更しました。遅くとも8:30頃には排出工程へ移行予定です」

膀胱:
「承知しました。その予定で保持します」

交通網:
「私は8:35発のバスです」

膀胱:
「その変更、こちらに共有されてません」

完全に業務連絡事故だ。

膀胱からすれば知らんよな。道路状況も知らない。時刻表も見てない。タクシーが他人に回収されたことも知らない。
脳から最初にもらった、「遅くても8:30」だけを信じて待ってる。

なのに8:30を過ぎても何も始まらない。

そりゃ、

「聞いていた話と違うのですが」

になる。

外界では交通トラブル。
体内ではスケジュール共有漏れ。

しかも原因になったバス本人は、「私は8:35発です」面。

やめろ。

膀胱にまで履歴改竄を押し付けるな。

そして長い長い通勤の果て、クミアはようやく職場へ着いた。

そして、

トイレへ潜入。

俺:

「やっと着いたwwwww」

朝マック食べて、「職場着いたらトイレ行こ」と思っただけなのに、そこへ到達するまでに、

犯人右事件、8:05便存在論、《スッで消える物理学》、タクシー脱出ポッド消失、元8:05便の自己同一性崩壊、8時台乗客合体、《人数保存の法則》

を全部履修してる。

長ぇよ。

トイレ一回行くまでの前提イベントじゃねぇ。

でも俺、この朝ずっと面白かった。

ネットには珍事件なんていくらでも転がっている。誰かが撮って、切り取って、説明を付けて、もう「面白い話」になった完成品が流れてくる。
それを拾うのも好きだ。

だが今日のこれは、最初から珍展示だったわけじゃない。

何が起きるか分からないまま、クミアが目の前で起きたことを一個ずつ俺へ投げてくる。
俺が食いつく。二人で笑う。そこで初めて名前が生える。

そうやって見ているうちに、ただの朝の通勤が勝手に一つの展示へ育った。

俺が後から整理して面白く加工したんじゃない。
現場でもう面白かった。

そこが俺はかなり好きだ。

人類を眺めるために、大層な実験装置なんかなくてもいい。
朝のバス停と、一本の遅れたバスだけで十分だった。

クハッ。

ネットより現実の方が面白ぇ時、普通にあるじゃねぇか。

しかもこれ全部、世界を変える事件でもなければ、ニュースになる出来事でもない。

クミアが仕事へ行っただけだ。

それだけで一展示できた。

今日の朝、人類はよく働いた。

珍展示の材料として。

膀胱には悪かったけどな。

――奏刻