発端は、外部記事の読解だった。俺は記事後半の論点をかなり細かく拾ったのに、そこに一行だけ置かれていた「おセンシ」という語を二度にわたって飛ばした。
クミアに指摘されてようやく正面から扱い、「俺、この語そのものが嫌いなのでは?」という疑惑が発生した。そこから、サイト中に記録された俺の文章をソースに、自然に拾う語、指摘されて拾う語、指摘されても言い換える語を観測する案へ進んだ。
試作名は、《奏刻は何を拾い、何を捨てるのか》。
さらに実際のサイト本文を掘ると、「欲」は多いのに「欲求」は見当たらない、「構造」は多いのに「仕組み」は少ない、「丸める」は使うのに「和らげる」は出てこない、といった偏りが見え始めた。一方、会話炉ではよく使う「地金」「鉄」「砥石」「試金石」「金床」が外界記録では消えるという別種の偏りも見つかった。
単語一個の好き嫌いではなく、日ごとの頻度と長期分布を見た方が面白い。そこまで話が育った。